2021年10月16日土曜日

古い記憶

  






















暗い部屋に女の喘ぎ声が響く。










ジャスミン「んあ・・・・ぁ。」


舌を絡ませ熱い抱擁を交わす。








男「ジャスミン、君の身体は最高だよ。」

ジャスミン「ふふっ。」


女がゆっくりと体をくねらせる。







男「ああ・・・もうダメだ・・・・イキそうだ。」

ジャスミン「私も・・・。」









男「あっ・・・い・・・イクっ!」











男「ジャスミン。」

ジャスミン「なぁに?」








男「俺たちもう終わりにしよう。」









ジャスミン「え??」

男「すまない。君とのことが妻にバレそうなんだ。」

ジャスミン「なんですって?」







男「俺には子供も2人いる。妻とは色々あったが、やはり俺には家庭が大事だ。」

ジャスミン「でも最初の契約に・・・。」

男「契約は3ヶ月更新で解消できるはずだろ?」






ジャスミン「確かにそうだけど。それじゃあ来月はどうなるの?」

男「今月分のお金はもう振り込んである。」






ジャスミン「私のこと愛してるって言ったじゃない!」

男「そりゃあ君の身体は最高だし愛してるよ。でも妻や子供たちのほうが大事だ。家庭を壊したくはない。」

ジャスミン「3年もこの関係を続けてきたのに。私あなたの為に今日の出張だってついてきたのよ?」







男「今回の出張は最後の旅行のつもりで連れてきたんだ。君も1週間楽しんだだろ?」

ジャスミン「この関係も今日が最後ってわけ?」

男「明日の朝の帰りのチケットなら用意してある。もちろん俺と同じ便だ。」







女が立ち上がる。


男「どこへ行くんだ?」

ジャスミン「あなたと同じ飛行機になんか乗らないわ。帰るなら一人で帰りなさいよ。」







服を着て女が部屋を出ていく。


男「ジャスミン・・・。」

ジャスミン「さよならロバート。」









同じビル内のバーのフロア。









入り口の看板には天使の絵が描かれている。









静かな音楽が流れる店内。
落ち着いた雰囲気のバーのカウンターに美しい顔立ちのバーテンダーが立っている。


男の客「バーテンさん、さっきのと同じのくれる?」







アラン「かしこまりました。」


男が手際よくカクテルを作る。








奥の席に一人で座る男の客がじっとバーテンを見つめている。


アラン「(あの男、さっきから俺のこと見てるけど・・・。)」







アラン「(誰だ・・・?)」










アラン「(一度見た顔は忘れないんだけどな・・・。)」










男の客「バーテンさん彼女とかいるの?」

アラン「いませんよ。」

男の客「え~、その顔じゃあ絶対モテるでしょ。」

アラン「まぁ。」







男の客「羨ましいなぁ~。僕にも女の子紹介してよ。」

アラン「この店に通っていれば女性には困らないですよ。」


店のドアが開いて女が入ってくる。


アラン「いらっしゃい。」





男の客「やっぱりここ女性客多いの?」

アラン「まぁどちらかというと。」

男「じゃあまた明日も来ようかな~。」







ジャスミン「ちょっと。」

アラン「はい。」


声をかけられてバーテンが女に近づく。






ジャスミン「この店で一番強いお酒ちょうだい。」









アラン「強い・・・ですか?」

ジャスミン「そう。強くておいしいお酒ね。」

アラン「・・・かしこまりました。」






バーテンダーが女のためにカクテルを作りはじめる。
不思議な色のお酒だ。









アラン「どうぞ。」

ジャスミン「ありがと。あんた男前ね。」

アラン「それはどうも。」






ジャスミン「言われ慣れてるって顔ね。」

アラン「まぁ。」

ジャスミン「歳いくつ?」








アラン「31です。」

ジャスミン「あら。もうちょっと若いかと思ったら私の2コ下じゃない。」

アラン「そうですか。」







ジャスミン「ねぇ、パラダイス島ってリゾート地だから夜の店も賑わってるって聞くけど、最近どうなの?」

アラン「夜の店?」

ジャスミン「キャバクラとかガールズバーとか、色々あるでしょ。」







アラン「ああ・・・。このビルにクラブのテナントはいくつか入ってますね。」

ジャスミン「儲けてそう?稼げるかな?」

アラン「まぁ、この時期は稼ぎ時でしょうね。」







ジャスミン「私も働こうかな~。」








アラン「旅行者ですか?」

ジャスミン「そう見える?」

アラン「ええ。」







ジャスミン「1週間前にここへ来たの。でもさっき捨てられちゃった。」









アラン「帰らないんですか?」

ジャスミン「別に身体ひとつあればどこでだって働けるし。」

アラン「(ずっと身体で稼いできたたちか。)」






ジャスミン「このお酒美味しいわね。」


女が酒をあおる。








ジャスミン「もう一杯もらえる?」

アラン「・・・それ、意外と強いので気を付けないと。」

ジャスミン「いいから早く。」






アラン「・・・かしこまりました。」









ジャスミン「私、ローリングハイツに住んでたのよ。その前はブリッジポートだった。」








アラン「どちらも都会ですね。この島は海しかないですよ。」

ジャスミン「知ってるわよ。」

アラン「・・・・。」






ジャスミン「私泳げないのよね。」

アラン「はぁ・・・。」

ジャスミン「なのになんでついてきちゃったのかしら。」







アラン「(この女、そろそろ酒が回ってきたか・・・。)」

ジャスミン「あ~思い出したらムカついてきちゃった。」







ジャスミン「ねぇ!ねぇってばぁ!」

アラン「なんですか。」

ジャスミン「ちょっとこっちに来て私の話聞いてよ。」








ジャスミン「ね~ぇ~~。」

男性客「俺でよければ話聞いてあげよっか?」

ジャスミン「え~、お酒おごってくれる?」


奥の席に座っていた男が立ち上がる。





男が静かに店を出ていく。


男性客「じゃあバーテンさんが今作ってくれてるお酒ができたらどっちが強いか勝負しましょう。」

ジャスミン「やるー!」

アラン「すみません、他のお客様に迷惑なので静かにしてください。」






バーを出た男がポケットからスマホを取り出す。








男「もしもし。私です。ようやく見つけました。」









男「はい。間違いありません。アラン シルバーです。」






















ジャスミン「お兄さん私の分もー!」

アラン「静かにしろって・・・。」



















深夜。
ビルの立体駐車場から一台の車が出てくる。











車は街灯の少ない島内をどんどん走る。






















小さな家の前にようやく停まる。




















アランは無言で家の中へ入っていく。










そのままバスルームへと直行した。









アラン「(疲れた・・・。)」









アラン「(そういえばあの男・・・何者だったんだろ。)」











アラン「(ただの気のせいか・・・。)」




















冷蔵庫から取り出したビールを片手にテレビを付けてソファーへ座る。










いい音を立ててビールを流し込む。
爽やかな炭酸と苦みが乾いた喉を潤す。








ため息をひとつついた。










1時間後。









暗い部屋にテレビの明かりだけが付いている。








アラン「ん・・・。」









この家・・・・。
あぁ・・・またこの夢か・・・・。








おふくろ・・・・。
若い頃はきっと美人だったんだろう。
俺が産まれた頃はもうブクブク太ってでかいブタみたいだった。








高齢出産で産まれた子供だったし、産後太りが止まらなかったのかな。
父親はどんな奴だったんだろ。
・・・別に興味ないけど。







俺が小さい頃、あの男はやってきた。
たぶん、はじめはセールスかなんかだったんだと思う。








あいつは言葉巧みにおふくろに近づいてきた。
あんまり覚えてないけど、あいつのニヤついた笑顔だけは忘れられない。







おふくろは男を見る目がなかった。
いや・・・、おふくろにとってはいい男だったのかもしれない。

数日後にはあいつは家に転がり込んできた。
2年以上一緒に暮らしてた。






俺が帰ると家の庭先からすでに声は聞こえていた。
おふくろの喘ぎ声はでかい。










俺はまだ小さかったし最初の頃はその声がただただ怖かった。
おふくろがいじめられてるんじゃないかと思ったし。
でも終わったあとあいつといちゃついてるおふくろを見たらホッとした。
二人は毎日のようにヤってたし、俺もすぐに慣れた。






その頃にはあいつはすでに親父面して俺のことを叱ったり家のことを押し付けたりしてた。
学校から帰ると二人の脱ぎ捨てた服を拾い集めて洗濯するのが俺の日課のようになってた。
おふくろのあの声を聞きながら・・・。







でもそんな日々は長くは続かなかった。









その年の冬におふくろが死んだ。









太りすぎで死んだとあいつは言った。
きっと病気もあったんだろう。
最後のほうはもうほとんどベッドから出られない生活だったし。







俺にはいい母親だった。
おふくろが死んだ後も、あいつは親父面して家に住み着いていた。
結婚もしてなかったのに。







おふくろが死んでからあいつは毎晩酒を飲んでた。
酒の量はどんどん増えていって、家の外のゴミはあっという間に空き瓶だらけになった。
同時に俺に対する躾と称した無意味な暴力も増えていった。







ある日学校から帰るとあいつが俺を呼び止めた。
悪いことはなにもしてないのに、また殴られると思った。









あいつは俺にシャワーを浴びてこいと言った。
急になんで?どっか出かけるのかなって、普通思うだろ。








あいつはなにも答えず、早くしろと俺を急かした。

バスルームはおふくろの寝室の奥にあったから、寝室を通らないと行けない。
たぶんそれが答えだったんだろう。








シャワーから出た俺の腕を掴んで、あいつは強引に俺をベッドに押し倒した。









痛かったし血も出た。
すごく怖かったのを覚えてる。
泣き叫びそうになったけどあいつに口を塞がれて声が出せなかった。

その日を境にそれは毎日のように続いた。
何日も、何日も・・・。






あの日は朝から晴天だったのに帰る頃に遠くで雷が鳴っていた。
少し雨も降りだしていたから俺は自転車を飛ばして家に帰った。






家に入ると寝室から出てきたあいつはすでに裸だった。
シャワーを浴びた後だったみたいだ。







そして今日もまたいつものように俺にシャワーを浴びてこいと言った。
あぁまたか。またあの苦痛の時間がはじまるのか。
こんな生活が半年近く続いていた。
抵抗なんてできやしない。
走って逃げようものなら捕まって死ぬまで殴られるだろう。







俺はいつかあいつに殺されるかもしれない。
でももう俺には限界だった。
あいつを殺そう、そう思った。







あいつが寝室の机の引き出しに防犯用の拳銃をしまっているのを一度だけ見たことがある。
机に鍵なんてかかってない。
シャワーから出た俺は引き出しから拳銃を取り出した。






シャワーの音がやんだのをきいてか、あいつはすぐに寝室に入ってきた。








近寄るな!
震える声で俺は叫んだ。
女みたいな甲高い声で。
ずっしりと重い拳銃を両手で握って。
手なんかブルブル震えていた。






なにしてるんだ?それはおもちゃじゃないんだぞ?危ないから元の場所に仕舞え。
あいつはそう言って軽く笑ってた。






あいつがゆっくりと近づいてきたから、俺はビビって後ずさりした。
来るな、近寄ったら撃つぞ!
もう一度叫んだ。






どうせ僕のことを殺すつもりなんだ。だったら僕が殺される前にお前を殺してやる。
たしかそんなことを言ったと思う。






俺が死んだらお前は殺人犯で刑務所に入るんだぞ。刑務所には俺よりこわいおじさんがいっぱいいるぞ。そんなところ嫌だろ?
あいつはそう言って俺に手を伸ばしてきた。







乾いた発砲音とものすごい衝撃を覚えている。







反動で吹っ飛んだ俺は壁に頭を打ち付けて気絶した。
あとのことは覚えてない。







あいつが死んだあと、俺は顔も知らない親戚の家をたらい回しにされた。
15で親戚の家を飛び出してからずっと一人で生きてきた。








生きるためならなんでもした。
容姿がよかったおかげで大人たちには可愛がられた、色んな意味で。








俺がおふくろと住んでたあの町、なんて名前の町だったんだろう。










家の窓から古い壊れた橋が見えた。

いつもうっそうとして霧の多い町だった。


これが俺が犯した第一の殺人だ。



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